◆170714 読書日々 838
鮎川信夫はクイーンのX・Y・Zの悲劇を訳している
朝、窓を開けると、涼しい風が刺すほどにも冷たく、吹き抜けてゆく。交通至難のこの馬追の地を離れがたくなる理由だ。その涼を求めて、上の娘一家が帰省した。時代が変わった。定職をもつ夫婦はともに長期の育児休暇を取っている。ただしライフスタイルが決まっていない。毎日をどう過ごしていいか、難しいね。
3日、厚別で過ごして、連載の仕事(書評)を仕上げ、新さっぽろ→夕張(夕鉄バス:特急)で戻ってきた。最後は妻の車で7kmほど送迎。ま、面倒だが何とかなる。ただし、16日は「家」の年忌会。ひさしぶりにわたしのきょうだいが集まる。明日にでも戻らなくてはならない。
1 その仕事だ。太田正孝・池上重輔編著『カルロス・ゴーンの経営論』(日経出版 2017.2.8)と谷井昭夫『松下幸之助 ものづくりの哲学』(PHP 2017.6.26)の紹介で、ゴーンはおなじみだが、谷井はパナソニックの第4代社長だ。まさにグローバル時代の申し子のようなゴーンの思考と行動が、面白い。谷井も、神戸生まれで、工学部を出て2社を経て、松下に入り、赤字続きのビデオ部門の責任者に抜擢され、経営畑を歩んだ。潮目が変わり、家電メーカーが大苦境に陥った時代にだ。
日本人は、誰も彼も「自国」中心主義なのに、他国人が自己中心主義の思考や行動を取るとき、そのことに気づいて考え行動しようとすることがほとんどない。ただ眉をひそめ、非を鳴らす。アメリカは日本を守る保証があるのか、などとしたり顔でいうものもいる。もちろん、日本はアメリカを守る必要などない、と暗黙(無意識)のうちに思い込んでいるのにだ。そのくせ、自分は日本中心的な意見や態度とは無縁のような顔をする。
もちろん、だれもが「自分」中心的である。エゴイストだ。だが自己中心主義(egocentrism)では困る。自国中心主義ではまずい。ゴーンは、日産は日本(国籍)企業だが、世界企業に進化するためには、幹部(取締役)の比率を日本人:外国人=1:1にすべきだという。もちろんルノーにも同じことがあてはまる。パナソニックにはできない芸当(art)だろう。
2 鮎川哲也がその文壇的地位を確立したのは、1960年、書き下ろし『憎悪の化石』(1959)と連載(59/7~59/12)『黒い白鳥』(1960/2 講談社)の2作で、第13回日本探偵作家クラブ賞を受賞したときだ。41歳であった。『憎悪の化石』だけでは十分ではない、『黒い白鳥』こみで受賞、とという意味ではない。『黒い白鳥』が加わるといっそう賞の重みが増す、という意味とうけとるべきだろう。
『憎悪の化石』が『黒いトランク』の嫡子ならば、『黒い白鳥』は、同じ「宝石」に同時期に連載された清張『ゼロの焦点』(1959.12 連載58/3~60/1 光文社)と背景を同じくする問題設定の作品だ。そういえば、鮎川の最初の刊行長編『黒いトランク』(1956)は、『点と線』(1958)より1年以上先行していたことになる。といっても、戦後第2のミステリブームを先導したのは清張(第1ブームは横溝正史『本陣殺人事件』)で、鮎川は清張の驥尾に付し続けた、というべきだろう。といっても、本格派は本格派なりのブームをもつことになった。その火付け役を鮎川はつとめ続けたのだ。
鮎川には、鬼面警部あるいは星影龍三(私立探偵)が登場しない長編が2作ある。その1つが『翳ある墓標』(1962)で、トップ屋(週刊誌の目玉記事を作成し、その取材費を一本いくらと売り込む人:新明解)集団が活躍する、メロドラマ調を組み込んだ作品だ。でもそこがこの作品の弱み(ゆるみ)になっている(のではないだろうか)。鮎川に「集団」や「組織」を丹念に書き込む意欲は感じられない。
3 鮎川は本格ミステリのアンソロジストでもある。ま、自他共に許す日本のエラリ・クイーンだ。鮎川編「鉄道ミステリ傑作選」に『無人踏切』(1986)がある。この短編集のトップを飾るのが、唯一の中編、十津川警部シリーズ、西村京太郎「『雷鳥九号』殺人事件」だ。ガチの本格で、TVでおなじみの十津川ものが、「えっ!?」と思える。今週もまた、鮎川づくしのもよう。クイーンに転じるか?