◆181012 読書日々 903
評伝・小室直樹は、小説より面白い=刺激的だ。勉強がしたくなるよ。
昨11日。曇天。いまにも大粒の雨が落ちてきそう。もっとも、コンクリートの箱のなかにいると、外気がほとんど気にならない。馬追山では、外との遮断はほぼ完璧だったが、雨風の動きが目・肌身に直・伝わってくる。とくに草を薙ぐような音がすさまじく、圧倒されるばかりであった。
1 その厚い壁の外に、今日は出る日だ。高校同期会、ひさしぶりに出席する。欠席中、川田貞が亡くなった。今年、年賀状が届いたのにだ。
会場はプレミアムホテル。このホテルは何度か名と経営者を変えてきた。一度、「灘万」(レストラン)の招待券をもらったてディナーに行ったが、それ以来ビールを飲む以外、入ったことはない。南10期の同窓会を除いてはだ。
北条紘次(元開発庁局長)が同じクラスで、今日の当番役、彼の挨拶で会は始まった。わたしの知っている、先生が出席するときやったようなセレモニーはほとんどなく、物故した諸氏に黙祷を捧げ、会は始まった。石突を除いて、9組の女性はほとんど参加。同期でナンバーワン(美貌)だった村林に会ったのは、卒業以来はじめて、坂本、鬼頭、樋口、皆川、葉柴、熊谷諸女子もみな元気だった。
家に帰って気がつく。飲みに出ると、どこかしらぶっつけるのか、傷がついている。ま、仕方ない。大切な住所録も忘れてきたらしい。小林君よ、どうにかしてくれ。
2 少し頑張って、村上篤直『評伝 小室直樹』(上) 学問と酒と猫を愛した過激な天才』(768ページ)『同(下) 現実はやがて私に追いつくであろう』(746ページ)を「読破」。 ミネルヴァ書房 (2018/9/18)刊で、各2592円、破格の値だ。
小室直樹については、『危機の構造』以来の読者で、その重要論文(研究)を集めてきた。引っ越し等で、半分くらい蔵書を失ったが、小室の本は残っている。というか、古本屋が持って行かなかった。ま、幸運だったかな。
村上さんのこの評伝は、小説より面白い。というか、小室の人生もその作品も、小説を超えるフィクションである。「科学」とは「論理」による「モデル」構築とそれにもとづく構成(叙述)にあるというのが、小室の伝(マナー)だ。
その小室さんのお弟子さんを、直接、二人ほど知っている。一人は、小室さんとはまったく違ったスタイルで生きている橋爪大三郎さん、もう一人は小室さん的ヒビモス(陸支配の怪物)的生き方を辞さない副島隆彦さんだ。二人ともわたしより一世代ほど若いが、知のリバイヤサン(海の怪物)だ。小室さんがすごいのは、この二人をはじめ、宮代真司やこの評伝の著者、村上篤直(1972生)を育てたことだ。すごいというより、奇蹟に近い。
この評伝を一読したなら、小室の奇癖・奇行に辟易するだろう。わたしなら、10分も同席できないだろう。そのわたしでさえ、友人には、奇人・奇行の主、教師にはあるまじき人物と思われている(らしかった)のだ。にもかかわらず、「生徒」は小室先生の講義を待ちわび、聴き、論じ合う。講義といっても自主講座で、小室はどこの研究機関にも属さない無冠の帝王といえば聞こえは良いが、ルンペン教師なのだ。もちろん単位はでない。大学内では、白眼視される。何せ、小室の学力・研究力は、とんでもない高い。自分でも「世界一」を自任している。
師が師なら、弟子の橋爪も、副島も、就職では苦労している。その橋爪が、就職仕立ての時ではなかったろうか。給料の半分は、私設助手に渡す。研究を円滑かつ絶大にするためだ。その助手の昼食がフレンチ(?)であるとき、助教授のほうはパンと牛乳(?)であるそうな。これを聞いて、わたしも私設助手を雇うことにしたが、最初の2人は、ものにならず、3番目の井上さんは、ようやく3年目から戦力になった。もっともわたしの昼食は、パンと牛乳ではなかったが。
小室が書いたベストセラーは、小室の書き下ろしの場合も、編集者が「書いた」そうだ。缶詰にされ、テープを回され、原稿を起こす式のものだった。もっとも、それでできあがった本が読まれるには、編集者に小室が憑依しなければ無理だったろうが。
今日は伊豆高原で保養(酒と温泉)というのはどうですか。PHPの福島編集長に誘われた。部下の阿達さんも同道するという。もちろん、飲む前に仕事が待っている。ところが途中、道が大渋滞。編集長、じゃあ、車の中でテープ回します。さきに仕事を終え、あとは美味いものと酒にしましょう。渋滞と揺れの中、2時間半で、1冊分話した。もちろん、テープ戻しの後、わたしが独力で1冊にする。原稿があがると、1月後、出版。わたしは、小室さんのように校了なしではなく、校正は誤植を直す程度。雑ですね、と批判されればそれまで。福島さんは言った。スピードです。著者も、出版社も、わたしたち編集者もベター。三方得。わたしは、納得した。実に実に。