読書日々 1008

◆201016 読書に日 1008 『三宅雪嶺』を残す!
 薄ら寒い。初雪があってもおかしくなくなってきた。でもなんとなく「快調」な気がする。もちろん各駅停車の鈍行だ。何とか、停滞すれども停止しないのは、レジメを録りコメントをつけて進んでいるからだ。
 1 卒論以来40代の初めまで、レジメもコメントもていねいにつけたが、それを再読することすら(ほとんど)なかった。そのノートは残っているはずだ。
 だが著書をものする時期から、目次(Contents )は、時に和紙に筆で書くこともあって、テーゼ風に作成したが、参照することは稀だった。
 「月刊」鷲田といわれ始めた時から、レジメ作成は稀になった。それが、ワープロからパソコンになって、書題が決まれば、そのまま、目次=テーゼ集を、白地の画面にパタパタと打って、締め切りと枚数を決め、目次を埋めるようにして、淡淡と書きはじめ書き終わる、というスタイルに替った。ノートもレジメ集も「無用」とあいなったわけだ。
 一大転換は、『日本人の哲学』(全5巻)を終えてからだ。何か頭の潤滑油が切れるような事態がしばしば起こり始めたからだ。『福沢諭吉の事件簿』(全3)を終えてからは、慎重にならざるをえなくなった。つれて「書痙」(?)という奴に悩ませれはじめた。愚痴をいっているのではない。
 老朽化である。頭に油が切れ、手足に痺れが来るのは、自然の流れだ。それでもやはり『三宅雪嶺 異例の哲学』を仕上げたい。そう思える。わたしにとってこれ以上の贅沢はないのだ。
 2 各駅停車の電車の旅、これは今に始まったことではない。昨年12月、かなり長い距離の列車旅行を敢行した。今年も新しい路線を巡りたい。そう思える。
 わたしの旅は、飲み・撮り・……その他諸々ではなく、ただただ黙って座っているだけの旅で、学生時代以来のものだ。それが高じてきただけのことに過ぎない。
 それでというわけではないが、宮脇鉄旅紀行記をほぼ読み切り、中公論で『日本の歴史』『世界の歴史』全集という大ヒットシリーズを出した、編集者出身の宮脇の歴史紀行をトイレ本として読み始めた。『小説現代』に連載した、『徳川家康タイムトラベル』(1983)を皮切りに、『古代史紀行』『平安鎌倉史紀行』『室町戦国史紀行』である。
 わたしも歴史小僧であった時期があるし、一時は、古代史から昭和史までを通覧し、古代史、平安鎌倉、室町戦国、明治、昭和までを独立に書いてみたいと思ってきた。古代史と昭和史はすでに書いている。もちろん、歴史である。どんな歴史記述も、書き直される。訂正は必要だ。
 『日本人の哲学』は、日本人の歴史の理解抜きには成立しない。そして重要なのは、著者自身の歴史「眼」というべきものだ。
 3 わたしの歴史解釈(哲学)と宮脇さんの歴史解釈は、違って当然だ。年齢も一回り以上違う。戦争に採られなかったが、敗戦後、結核で長期療養を余儀なくされた宮脇は、読む人であり書く人になった。
 同じ電車に乗っている。ほとんど黙って乗っているという点では同じだ。この人、酒好きで、旅の途中で酒場によくよく入っているようだ。(この点わたしとは多少違う)。
 最大の相違点といえば、宮脇さんは、書くために乗っている。だが、わたしよりずーっと鉄道狂だ。鉄道病に陥って、自動車道などという環境に悪い、無駄なものを廃して、鉄道に戻せという類の旧人だ。(ところがこの人、タクシーを愛用することはなはだしいのだ。)
 4 今書いている雪嶺は、万延元年(大老井伊が暗殺された年)生まれで、敗戦直後に死んだ。この人の時間をたどることは、「尊皇攘夷」期から敗戦期までを観察して辿る「歴史トラベル」でもある。出来ることなら、各駅停車でたどりたい、そういう思いでこれまで書いてきたし、これからも書く。
 もっとも、すでに見るべきものは見てきた。残っているのは、それを書き記すことだ。出来れば一本にすることだ。