◆210528 読書日々 1040 皆既月食・明月記・「対称性の自発的破れ」
1 皆既月食が見られるという報道にうながされ、旧宅長沼に向かう。この日も西日が美しい。
ただし月は低空に出るというそうで、家は東が「山」で遮られている。それで馬追山の南の端の峠を越えて、由仁の丘に向かう。陽が落ちはじめると、なんと東にぼんやりと膨らんだ「薄桜」(?)色の「月」が、すぐ雲にに消され、また2度3度現れた。妻はスマホを取りだし、その映像を娘に送ったようだ。
中途半端のように思えたが、少し寒くなってきた。7時半頃切り上げ、もとの道をたどって、道道への分岐点にさしかかったところで、妻が「月」に気がついた。ぼんやりと中空に上がってすぐ消えた。そこから30分、厚別の自宅に着いたところで、また見えたというが、わたしの裸眼では確認できなかった。
2 「月食」というと、すぐ思い起こされるのは、藤原定家の『明月記』だ。
拙著『日本人の哲学 4』の第6部「自然の哲学」を再録する。
〈一九八七年、肉眼でも見える超新星(supernova)が現れた。「新しがり」のわたしは、その輝きを目視したわけではないが、知的好奇心を満たすためにさっそく、P&L・マーディン『新しい天文学』(1981〔原書 1978〕)を買い求め、繙読した。じつにおもしろい本であった。三〇年たったいまでも、何でも忘れて恥じないのに、くっきりと記憶に残っている。
著者はイギリスの天文学者夫妻(妻は英文学者でもある)で、冒頭、一〇五四年に現れた「客星」の記述(『宗史』等)を引き、続いて「日本の天文学者は一〇五四年六月はじめに、この客星は木星と同じくらいの明るさと記録している。」と記す。この「客星」こそ、藤原定家の『明月記』の「名月」=「奇星」をさす。当時、堀田善衛『定家明月記私抄 続編』(1988)を書評仕事で読んでいた。わたしにとっても、まさにどんぴしゃりであった。図書館に飛んでいって、『明月記』の当該箇所をコピーした紙片(4頁分)が、『新しい天体』にまだ挟まっていた。
本書でもっとも興味深かったのは、ニュートリノ(=中性微子)であった。ポイントは、「超新星が中性子星をつくる(⇒爆発する)」と「ニュートリノ天文学」が切り拓く宇宙像で、つまるところ、副題「超新星が開いた宇宙像」という命題だ。「ニュートリノが物理学をパラダイムシフトする」という予感が、わたしにさえ伝わってきたのである。しかも、驚きが倍加する事件〔イベント〕がくわわった。
『新しい天体』には、望遠鏡が発明された一六〇八年以降、超新星は一個も「目撃」されていない、と記してある。ところが、一九八七年、超新星→中性子〔ニュートロン〕星が現れたのだ。しかもだ。その爆発によって発生したニュートリノを、どんぴしゃり(偶然の必然で)、日本のニュートリノ観測施設カミオカンデが検出したのである。かくしてニュートリノ天文学を日本が牽引する快進撃の機縁〔チャンス〕が生まれ、この成果で、のちに小柴昌俊がノーベル物理学賞(2002年度)を、さらにスーパーカミオカンデがめざした「ニュートリノ振動」の「発見」で梶田隆章が同物理学賞(2015年)を受賞したのである。じつにすばらしい、偶然の必然である。なぜか?〉
何のこっちゃ、と思われるであろう。
『明月記』の名月と、今回の「皆既月食」は.自然現象としては、何の関係もない。一方は、月が消える、で、他方は、「月」(奇星=中性子星)が「消える」である。しかし、わたしが目視したように、「皆既月食」は消えず、「残像」が膨張して中空に浮かんでいる。
3 もう一つ。今日(0528)の朝日の朝刊は、「素粒子物理学 根幹が揺らぐ?」という見出し。
ミューオン(電子の約200倍の重さの素粒子)の磁気的な強さが、「標準理論」からはずれる、という米フェルミ研「追試」が実証された、と記事だ。これも、何のこっちゃ、ということだろう。
同上拙著、「自然の哲学」の第2章「素粒子論」で、南部陽一郎(ノーベル賞受賞)をとりあげ、「対称性の自発的破れ」というキイワードをもとに、「標準理論」が揺らぐ「理由」を追跡した。ここで記した2と3は連接する、という理由だ。
わたしの議論は、ほんの触りだ。が、わたしの「思考の歴史」(大袈裟! 読書歴)のなかでは、稀だが重要と思えるものだ。個人の「思考」史は、ときに、個人の「生活」史と重なるという「証明」(?)でもある。