読書日々 1041

◆210604 読書日々 1041 韓国版「復讐の女神」
 今日は雨交じりの強風が吹いている。昨日、妻が植え備えてくれたベランダのナスビの鉢が、もろくも横転してしまった。実害無し。それに暖かい。湿気十分。気分はいいね。
 1 わたしの父は69でなくなったが、家業を廃してからは、手製の庭作りにいそしむほかは、酒も飲めず、飲み友だちもいず、運動はせず、好きな煙草もやめ、TVの前に座り続けていた。
 視力が衰えていたので、鮮明に画像を捉えていたとは思えない。わたしも75を過ぎてから急速に視力が落ちはじめたが、もともとTVとともに生きてきた(?)ので、いまでもTVの前に座るのを常としている。画面はかなり不鮮明になった。
 父とわたしの違いは、父が椅子に座って見ていたのに対し、わたしが座布団に座って見るということだ。長沼の旧宅にいたときは、よくよく寝転がって見ていた。ところが、いまはこれができない。正面を向いていないと画面がかすむ。ときにあぐら、ときどき正座、という具合だ。運動皆無なのは、父に似ている。
 2 いま、TV番組で、楽しみにしているのが、「復讐の女神」(ネメシス)である。2つある。
 1つは日テレ(日)の「ネメシス」で、こちらの方は数回みたが、やめた。これだけいい役者に囲まれているのに、桜井某が余りにも凡庸なのだ。
 2つは、CSのミステリチャンネルで、大長編の「復讐の女神」で、韓国特有のごたまぜつくりだ。
 原作は言わずと知れたクリスティ(1890~1976)で、1971年、晩年期の作だ。探偵はミス・マープル、ただし「探偵」と「犯人」の役で、その上うり2つの「作家」役が重なる。
 原作は「復讐の女神」にかぎるというわけではなく、パスティーシュに違いないが、クリスティ作品の総まくりのごった煮というところ。
 ところがこれがなかなか面白いのだ。なに、クリスティ(原作)にとらわれない、フイルムの中に、数カ所、さまざまな原作のスナップ(たとえば「鏡は横にひび割れて」や「殺人予告」)を無造作に差し込むという手法で、まさにおあつらえの無国籍風、韓国風ミステリになっている。もっとも、韓国風を罵ってのことではない。ただし、この作品の「主役」は、夫に裏切られたクリスティ自身であると言っていい。
 「復讐の女神」には、1960年以前の、日活や東映映画にあった、1週間で1本作るという、「原作」を尊重するなどという律儀さなどお構いなしの、速成作品の活気めいたものがある。これに比べると、最近旧作が続々と登場する、松本清張原作「作品」の面白くないこと。「純」日本風の写しなのだ。なに、清張の面白さは、ごった煮を厭わないところにあるのにだ。
 というわけで、ミステリチャンネルの会員をやめようと思うのに、その都度、見たこともない、見なくてもよい作品が、しかもこのチャンネルでしか見ることのできない長尺が、忘れた頃に顔を出す。ただし、ミステリは、総じて、「現在」の「世態風俗」を垣間見ることができるという効用がある。
 3 日本はコロナで医療崩壊だってさ。笑わすじゃないか。日本の病院の、医者の、看護婦の何パーセントがコロナ治療に従事しているの? 1度その数字を明らかにして欲しいね。医療従事者の「医療拒否」が1因なのでは、とわたしには思える。
 もっと知りたいのは、日本は新薬開発に厳しいハードルを設けているから、コロナの治療薬開発がスムーズにいっていない、などというまことしやかな「通説」だ。ハードルを高くするのは、「人命」に関するのだから、大いに結構ではないか。そのハードルを越えてなんぼのものだろう。
 ところがだ。核汚染処理水の放流を、仏や華、韓や米等々が許している世界スタンダードより何倍も希釈し、「人命」に関する危険度のハードルを軽々とカバーしても、海水放流に、マスコミ、漁業従事者等が、それに環境省が、断固反対するというのは、むしろ「日本の風評」被害を逆宣伝(誇大被害者意識)しているのではないか? そう思うほかない。