◆210625 読書日々 1044 立花隆の死
早朝、光が柔らかい。目に優しい。北海道は、まだまだ本格的な夏を迎える、とはいい難い。
1 立花隆(1940.5.28~2021.4.30)が亡くなっ(てい)た。同時代人では、西部邁、柄谷行人とともに、書恩を受けた文筆家だ。
立花は、マスコミなどで「知の巨人」などといわれたが、「知」の世界では毀誉褒貶がこめられたレッテルである。自身では、どう思っていたのだろう?
わたしが「精読」したのは、以下の13冊。
1 『思考の技術』1971 *まさに書題にぴったりの若書きの「傑作」。
2 『田中角栄研究』1976 *角栄の「すごさ」を逆照射=証明した。
3 『文明の逆説』1976
4 『日本共産党の研究』1978
5 『アメリカ性革命報告』1979
6 『農協』1980
7 『「知」のソフトウェア』1984
8 『脳死』1986 *「死」を「脳死」で、しかも「全脳死」で決め、その明確な「基準」を求める、という「科学」論に拘りすぎる誤りを、立花もわたしも犯した。
9 『同時代を撃つ 情報ウオッチング』1988-90
10 『サル学の現在』1991 *ストーリーテラーの面目躍如たる作品。
11 『電脳進化論』1993
12 『ぼくはこんな本を読んできた』1995 *「本」は人なり、の証明となっている。
13 『立花隆の同時代ノート』1997
このうち感応し、刺激を受け、誰彼となく推奨したのは、1、4、5、7、8、10である。とくに拙著『脳死論』1988は、立花8による刺激と対決によって生れた、といっていい。
しかし、9で「知」のジャーナリストとして「立花はもう終わった」、14『イラク戦争・日本の運命・小泉の運命』2004が、「書店」でパラパラめくる最後だった。
2 そうか、西部も、立花も死んだ。その著作は残ったのだ。だが、当分の間、どんどん読まれなくなることを免れえないだろう。
あいかわらず藤沢周平や池波正太郎「原作」のドラマは、新作・旧作で登場する。だが司馬の作品は本当に稀になった。そしてこの三人の著作はどれだけ、どのように読まれているのだろうか? たしかに、三人の著作は、ほぼ完全な形(全集等)で残されている。その熱烈な読者もいる。だが、現役の読者は、どれほどいるのだろうか? 昨今のわたし、書庫にたどり着くのさえ稀になった。そうだ、数年前に書庫が移動したっけ。三人の本はそこに収まっているが、漱石の本はない。
なに、死後の「読者」などに拘泥するには及ばない。書いて、「本」の形で残した。それだけでも上出来ではないか。「墓」なのだ。墓と違って、僥倖があるかも知れない。必要とされるときが来れば、見いだされる。そういう望みを懐くことができるだけで、よしとすべきだ。
なに、埋もれたままでもいいではないか。生きているときに、多少は(a little)買われ、読まれたのだ。それで多とすべきた。贅沢をいってはいけない。
ま、柄谷やわたしは、こんな「愚痴」をいうこともできるが、司馬・池波・藤沢、開高・谷沢・向井(敏)はもとより、立花・西部は「愚痴」さえもいえないじゃないか。
3 コロナが前米大統領の「延命」を断った。朝日をはじめ、コロナがオリンピック開幕を「強行」する日首相の余命を断つ、というキャンペーンにシフトしだしたようだ。ところで、全国高校野球・甲子園大会は、開催するの? 無観客なの? コロナが拡大したら、どうするの? 誰が責任とるの? 朝日や読売なの?