カテゴリー別アーカイブ: 読書日日

読書日々 1182 2都物語の初校了 

◆250131 読書日々 1182 2都物語の初校了
 ようようというか、遅れに遅れてというべきか、「2都物語」のわたしの分、ようよう終えることができた。となりの郵便局のポストに入れたが、ほっとすることはなかった。編集者に申し訳ない。
 でも、活字は、もはや「裸眼」で追うしかなくなった。中学に入って、野球部に入ったが、外野に上がった球が見えなく、卓球部に入ったが、どうもこれが視力を弱める原因になったらしい。以降、矯正しても0.1以上にはならなかった。でも、本を読む障害にはならなかった。というか、薄ぼんやりした外界より、活字の方が生き生きと踊って見えたというべきだろう。
 一番困ったのは、2000年、アメリカに取材旅行中、眼鏡を落し、割ったことだ。1週間ほど、ずーっと、近眼の眼鏡をかけて通した。これには不便を被ったが、何、ものをよく見ようとしなければいい、であった。
 ま、仕事のほうは、パソコンでやりとりすれば、さしたる支障は生じなかったからいいが、目の前に出現する女性の顔がよく見えないのには難儀した。細身か、太めか、がわかる程度で、1週間あまりを過ごした。
 その成果の一端が、『新大学教授になる方法』(ダイヤモンド社 2001 330pp)で、初版10000部だったが、2刷りで終わった。出版社と編集者には、ずいぶん迷惑をかけたに違いない。
 ただし、初めてのアメリカ体験で、私自身は、大いに勉強になった。なんだ、10日間程度でアメリカ体験でか、というなかれ。デトロイト、アメリカの南、東南端(フロリダ)、ワシントン、ペンシルバニア、ニュヨーク、ロスアンジェルスの、大学、短大、教育研究所、メディア等々、カテゴリーの異なる大学・教育機関を回り、直接面談・取材・対論し、最新情報を集めた。取材後も、多くの資料に当たることができた。この「旅行」は私の大学教育観を改めて再検討する絶好の機会でもあった。ま、留学中の同僚、堀川哲教授にもあうことができた。相変わらず、ノンシャランを通していて、たくましく・好ましかった。

読書日々 1181 小西甚一先生 

◆250124 読書日々 1181  小西甚一先生
 1 びちゃびちゃの雪(雨)が降っている。春先に戻った(?)ような日だが、相変わらずしゃんとしない。頭がだ。それでというわけではないが、何年ぶりのことになるか、妻に、公衆風呂に連れて行ってもらった。ゆっくり、慎重にも慎重を期して、浴場で振る舞ったが、やはりというか、靴や衣類の出し入れで、戸惑った。ま、案内係に聴けばいいのだが、それがぞんがいむずかしい。
 2 何度か書いたおぼえがあるが、もう一度書く。
 小西甚一『俳句  発生より現代までい(研究者学生文庫 昭和27)は、私が購入した最も古い本だ。巻末に、万年筆で(札幌)「南高2年3組」の記名がある。小西先生は、「国語」の受験書を書いて高名だったが、はじめはただ「俳句」とはどういうものか、をつまみ食いする程度のこととして、購入し、一読した。それが、この年になるまで、その主要著作を含めて、読み参照することとなった。
 3 拙著『日本人の哲学』(全10部 全5巻)の最大特等は、第2巻に、「文芸の哲学」をおいたことだ。その主張は「哲学は文芸である」で、その主張の起点は、小西甚一『日本文藝史』(1985~95 講談社)に負っている。この大著は、どんな難しい主題を取り扱っても、明快かつ論理的かるエモーションにまでおよんでよどむことのない、奇跡的な書だ。
 もちろん、私の著作は、その厚さにおいて小西先生の著作に肉薄することができうるとしても、質において、到底及び得ないと観念しながらの「追跡」の旅を送った。
 結果、私の頭は、スカスカになってしまった。2016年後に私が書いてきたものは、残りかすというより、「補遺」の類いである。だからといって、小西著作を神聖視する必要はない、というのがわたしの思いだ。
 わたしたちは、言葉が全運動の要となる世界に生きている。言葉は、言葉によって理解し、処理するするほかない。面白いじゃないか。

 *昨日転送しようと思ったが、パタッとインターネットが停止してしまった。今朝息子になおしてもらった。私のからだとご同様の仕儀か?

読書日々 1180 宮沢俊三風

◆250118 読書日々 1180  宮崎俊三風
 1 毎年、この時期、風邪を引く。恒例というわけではないが、それでなくても足腰が弱っている。ま、手足も意想通りには動かない。まずいと思うが、古器だ。ぼちぼちやるしかない。
 それで、新著のゲラが届いたが、まだ開封とあいなっていない。申し訳ない。
 トイレ本は、宮脇俊三『時刻表一人旅』(講談社現代新書(1981)。一度読破しているが、なんとか細かい活字を裸眼で読んでいる。推理小説の最高峰は鮎川哲也『黒いトランク』である。宮崎さんの本を愛読する1つの契機となった。
 宮崎さんの「時刻表もの」=「鉄道旅もの」は、ずいぶんというか、ほとんど全部読んで来た(はずだ)。この人、中央公論の編集者で、常務取締役まで登ったが、早期退社し、鉄道(時刻表)もののエッセイに健筆を振るった。そうそう、ミステリも書いている。その数ある著作中の圧巻といえば、父親とともに山形の地方線に乗って、小さな駅頭広場で、天皇の敗戦「詔書」を聴く下りだ。わたしより一回りうえの世代の複雑な時代を生きた人の鼓動が聞こえるようだった。
 2 宮崎さんは、中公の『日本の歴史』『世界の歴史』を編集し、中公の長期低落を止めた功労者と聞いていたが、このシリーズには私も大いに世話になった。というか、戦後の「歴史認識」を、司馬遼太郎とともに、ぐーんと広げた功績の一端は、宮崎さんの「頭」腕に負うところ大ではなかろうか。ただし、この人が書く「歴史物」は、面白くない。というか、一寸ずれている。半ば歴史専門学者に遠慮してなのか、司馬さんのように、坦々と入っていかない。
 3 私の友人に、岩波新書や中公新書が高級(スタンダード)な読み物だと思っている人が数人いる。もちろん、岩波や中公新書に、「傑作」とよぶべき書物はあるが、大半は、紋切り型のものが多い。宮崎さんの本は、そんなものと類似点はない。
 昨今、鉄道ブームである。それはいい。だが、誰も行かないところに行った、すごいのだ、という類いの体験は、「鉄路の体験」とは無縁じゃないのか? 私の鉄路の旅は、そう言えば、宮崎さん風だ。

読書日々 1179 もうお前は人間ではない 

◆250110 読書日々 1179 もうお前は人間ではない
 8日、早蕨(酒場・小料理屋)に行った。ひさしぶりの訪問だ。行きは規子さんに送ってもらった。どうも、1つのことをやっていると、ついつい、つぎの行動を忘れてしまう。耄碌だが、大きな「けが」(?)のもとにならなければいいが、とおもえるが、防ぐのが難しくなりつつある。
 「読書日記」といいながら、読書のことは記していない。といっても、読書をしていないわけではない。だが、多くは「再読」である。それも自分が書いてきたものが多くを占める。書き残した、ぜひにも纏めたいと思えるものに、「禁忌(タブー)の倫理学」がある。
 人間社会の「三大タブー」とみなされてきた、「殺人」「人肉食」「近親相姦」である。
 「殺人」は、昔も今も、異常事とみなされてきたが、昨今はよくよくある事例になった。「法罰」の対象になった、ということだ。
 「人肉」は、「完全」食(料)である。だが、人が人を食べることは、特殊・異常事で、「ありうべかざること」とみなされてきた。「もはや人間ではない」ということだ。
 「近親相姦」は、ギリシャ神話によく出てくるが、これを公然・通常事として行うことは、いまでも異常中の異常事とみなされてきた。
 しかし、翻って、この三大タブーは、じつは人間の「快楽」中の快楽と根本でつながっている、この最大の快楽を「禁止する」ことと、人間社会の「倫理」が根本でつながっている。こう、私には思えて仕方がない。
 人間の「最大欲望」を「厳禁」することによって、人間社会の理法は「からくも」維持される、ということでもある。何か大げさな物言いをしようとの意図があってのことではない。ごく平静に、三大タブーが人間社会の倫理の根幹を成り立たせているのだ、といいたいのだ。
 もっとも、淡々・坦々と語ると、かえって「話」はおどろおどろしくなる。そういうテーでもある。ギリシア神話でも、近親相姦は、人肉食とともに、あってはならない異常事の類いである、と処理される。

読書日々 1178 あきもせで

◆250103 読書日々 1178 あきもせで
 明けましておめでとうございます
 年末・年始と、私の狭い家に、娘たちの家族、それに姪の家族が集まってくれ、なんと息子もそろって、今朝まで、我が家は「合宿」状態。喜ばしいことです。明日、それも終わり、また老夫婦の静かな生活に戻ることができるでしょう。
 といっても、わたしは、1日は実業団駅伝、2・3日は箱根駅伝というように、例年通りにTVとともに過ごすことができました。実業団も、箱根で活躍したランナーが主力となって走る姿はとてもいいと思えます。
 今年は、鎌倉時代は「近代」のとば口である、をうまく書いてみることができれば、と思っていますが、ま、あまり自分自身に期待ができない歳になりました。
 それよりも、茫々たる「人生」でしたしが、反省しても仕方がない「行路」でした。自分自身が書いた本が、取り混ぜると、書棚3本分に詰まっています。出版社が、よくぞ許してくれたものだ、と思えます。眼もかなり退化してしまいましたが、よくしたもので、自分が書いた本は、すらすらと読めるのですね。
 江戸後期に、佐藤一斎という「儒学(哲学)者」がいます。『言志四録』の著者で、耄碌しても読んで、書けということを奨めています。ま、私にかんすれば、書き続けてきましたし、飽きもせず、でここまできました。そんなわけで、今年もよろしく。
 みなさまのご健勝を祈っています。           鷲田小彌太