カテゴリー別アーカイブ: 著書

大コラム 平成思潮 後半戦(言視舎)

『大コラム 平成思潮 後半戦』
平成史の後半戦のコラムによる実況中継だ。
日本構造改革の進展という基本潮流のなか、次々と国難に襲われた。
国難1 自民政権の迷走=安倍・福田・麻生
国難2 世界同時金融危機
国難3 民主党単独政権初誕生=鳩山・菅・野田
国難4 東日本大震災と福島原発破壊
そして自民安倍長期政権のリベンジと混線が続いている。
 520頁、書きも書いたり、というほかない。

〈 平成=同時代史をつぶさに観察し、多少は調べ、考え、書いた。いま、その一部、コラム群をまとめてみて、あらためて感じる。一見して、「言いたい放題」ではなかろうかと。ただし悔悟ではない。なによりも平成とともに、書く・考えることを中心において、活きいきと生きることができたのだからだ。
 わたしの観察の中心は、「書」を通じてである。あらゆる種類の書だ。哲学流とは、「読解」法のことだと考えている。一冊に魅了されたら、その作者の本群をいつの間にか読破していた。結果、コラムを書きつらねることもできた。
 コラム連載が終わったのち、『日本人の哲学』(全5巻・10部)にとりかかり、2017年、完成することができた。大げさにいえば、日本人の至宝「書」の解読である。だが、私念では、コラムによる「世界」の解読とつながる。直にだ。
 コラム『平成思潮』(2冊)、『日本人の哲学』(5冊)、そして『書評集成』(3冊)が同じ出版社から続けてでるという幸運をえることができた。望外のことで、ひとえに言視舎編集長杉山尚次氏の配慮あってのことだ。深謝のほかない。重ねてお礼をいいたい。〉(「あとがき」より)

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大コラム 平成思潮 時代変動の核心をつかむ(言視舎)

コラムだからこそ 物事の核心をえぐることができる
新聞コラムを中心に構成する「同時代史」

書きも書いたり
 文字通り、平成の開始とともに、匿名・署名コラム執筆(連載)依頼が、毎日・北海道・朝日・東京新聞の順で、ずんずん舞い込みだした。一つ連載が終わると、次というように、途切れることなくだ。それも「変化球」(毎日)、「大波小波」(東京)というような人気(?)コラムであった。道新では、署名・匿名様々な形で、ときには写真入りの「いまを読む」のメンバーに登用された。ま、わたしも、およそ12年間のあいだ。マスコミの紙面を飾った(汚した)わけだ。
 といっても、書きたいことを書いたに過ぎない。わたしも好き嫌いが激しいが、コラムを書くことになんの躊躇もない。むしろ左手で右手を抑えること、しばしばだった。師の谷沢永一はコラムが似合った。650字がいちばん書きやすいともいった。もうひとり、コラムの名手に、清水幾太郎がいる。じつに気張らずに書くが、わたしは清水流の作法をまねた。どんなネタでも、100字程度のことでも、特に著書あるネタについて書く場合は、その関連著書を全部横に置いて、書くこと(じっさいには全著書をそろえることは不可能だが)をマナーとした。「書」を、「書評」を書くことの中心においてきたということだ。
 コラムを書くからには、誤ることを恐れるわけにはいかなかった。野球打者がどんなにすぐれていても、4割を超すのは至難だ。コラムも似ている。自由に主題を選び、自由に書くが原則だ。お仕着せではない。だからこそより易々と方向違いのものになる。そんなコラムを読ませてどうする、というなかれ。このコラム=断片の集積が、わたしという多少ものを考え、書いてきた人間の姿だ。
 時代を、現在を読む。蛮勇を振って(などと大げさに言う必要はないが)「断じ」た。しかしコラムは、集積されると、妙にバランスがよくなる。時の流れ、「思潮」がその混沌のなかから見えてくるからだ。コラムの「妙」だ。そんなわけだから、一つ一つにこだわらず、読み飛ばしていただけたらとも思う。(鷲田)

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イノベーションの大地 北海道 変革をもたらす人・発想・現場(言視舎)

いま必要とされているイノベーションとはいかなるものか
その解は北海道にある!

最新刊、井上美香との共著『イノベーションの大地 北海道』(言視舎 2018.6.30 1600円+税)をぜひとも一読して欲しい。こんな「はしがき」を書いた。
「《Boys, be, ambitious. 》これが全体の標語〔キャッチ・ワード〕だ。
 北海道のイノベーションという観点から、あえて極論をいとわず問いかけ、解答を見いだす、という執筆態度を貫く。
1 北海道=ニューフロンティア=革新ではない。重要なのは、「自生」であるか「新生」であるかにかかわらず、「自立」(Independence)力だ。かぎりなく北海道と道民のインディペンデンス力を高める法に焦点を当てる。
2 イノベーションに、大枠、「道外」からと、「道内」からがある。その対比にこだわらない。「外力」が強固な「内力」に転んじる事例にこと欠かないからだ。一見して、「ひ弱」な道民気質を質したい。
3 重要なのは、人間の頭の中を、行動パターンを変えることだ。「古い」ものにも、否、古いものこそ、革新の種になる。その種を見いだす。「不易流行」だ。
4 危機のなかにこそ、危機突破=弁証法/組み替え・構造改革(リストラ)の「鍵」がある。壬申の大乱、応仁の大乱、関ヶ原の戦、明治維新、世界大戦Ⅰ・Ⅱ、高度成長期、バブルの崩壊等は、大変革期であった。日本と日本人は、みごとに諸危機を乗り切って、新しい道を始めた。破壊/創造だ。北海道と道民はどうか?
5 イノベーションは新装・開店を意味するだけではない。古きものを選別・引き継ぐとともに、古いものを整理・処分することでもある。ざっくりいえば、「遺産」の選別であり、「遺物」の処断だ。問われるのは、この選別=処断能力が道民にあるか、否かだ。もちろん、選別は一律ではない。まず迅速・即断の部分を先行し、拙速を避ける部分をゆっくりと追おう。」
 わたしは、北海道の「人・もの・こと」について、かなり書いてきた。集めると10冊分を優に超すだろう。いつも注意しているのは「文学」の目だ。「言葉」の力だ。あたかも「無」のなかに「有」を、そして「有」のなかに「無」を、発見する威力(観察力)である。私的には、ヘーゲルとドラッカーに学んだ力だ。
 井上は新北海道のイノベーション「現場」を選別・満載・活写する。北海道の「風景」発見があり、鷲田・井上そしてあなたたちが酔いしれる「酒」もある。
 以上、本書が、北海道の魅力のゆえんを発見する一助となれば、さいわいだ。
 

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